フリーランスの休日

休日モードにつき 写真の事を考えたり 考えなかったり

6年前の今日

ランキングに参加しています ご協力お願いします

 

『東日本大震災』に関わる記事になります。

読みたくない方もいらっしゃると思います。心が重くなる方は、どうぞスルーして下さい。

 

 

6年前の1月に自分の父は亡くなりました。

父の葬儀に飛んで来てくれた姉一家。

父の事業の廃業手続きの為、姉だけ母の家に残り、一週間の間あちこちと自分と一緒に走り回ってくれました。

全ての手続きを終わらせ、母の健康を気遣いながら、姉は家族の待つ仙台へと帰って行ったのです。

 

そして2ヶ月後の3月11日、大きな揺れが日本列島を駆け抜けました。

 

あ、最初に言っておきます。

姉も姉一家も、みんな無事です。はい。

有難いことに、本当に申し訳ないくらい幸運な事に、姉一家は助かりました。

 

東日本大震災。

大きな揺れがあった時、自分は車の中にいました。

駐車場に車を入れた所で揺れがおきたのです。

 

 

すぐにラジオをつけました。

震源地は東北沖との事、聞き終わる前に姉の携帯に電話をしました。

電話に出た姉の声は震えていました。

姪っ子達は卒業式でまだ戻っていないとの事、その話しの最中にまた揺れが来たのです。

ガラスに近寄らない様にと告げたのが、その日最後の電話で、後は何度掛けても通じる事はありませんでした。

 

母の家に行き、徐々に酷くなる報道を見ながら二人して無言になっていきます。

良くない事ばかりが頭に浮かんでは、強く否定する。

そんな事を繰り返していました。

父を亡くしたばかりの母を、勇気づけられるのは自分しかいません。

ありったけの言葉を駆使して極力明るくしていました。

 

姉と連絡が取れなくなって3日が経ちました。

ネットで緊急用の『探しています』の掲示板に、情報を求めたりもしました。

 

そして4日目の午後、義兄の実家から、全員無事との知らせが入ったと連絡を受けました。

 

長かった。

 

数ヶ月に感じたほどの時間の長さでした。

 

母はやっと心からの笑顔を見せてくれました。

自分は…

 

自分は何故かトイレに入り、声を殺して泣いていました。

わんわん泣く。子供の頃以来の泣き方でした。

母に気付かれないように声だけは押し殺して泣き続けました。

 

 

そしてそこから自分の心の問題が始まったのです。

 

写真が撮れなくなってしまったのです。

 

社員としての契約などない、何の保証もないフリーになった自分なので、写真が撮れなくなったら即、死活問題です。

 

ファインダーを覗くと恐ろしいまでの脱力感と無気力感に襲われました。

いつも頭の中に『こんな事が何の役にたつのだろう』との言葉がぐるぐる周り、とうとう撮るという意欲さえなくなってしまったのです。

 

愛する人達と死別した方がたくさんいらっしゃって、その中でも自分の姉一家は幸いにも全員無事で…

 

こんなに有難いはずなのに、自分がおかしくなってしまったのです。

 

今思い返しても、本当に恐い。

どす黒いモヤが自分の中に渦巻いて、仕事と割りきって挑んでも、気持ちは完全にスイッチがオフになっていました。

 

みんな生きるのに必死だった時でした。

助け合って、分け合って、そうして頑張っているのに、自分だけ頑張れなくなっていたのです。

 

だって自分が写真を撮ったから、どうなの?

自分が写真を撮る意味は?

こんな事が何になる?

 

自分の仕事が誰か人の為になるとは思えなくて、ポンコツになってしまいました。

 

写真の専門学校の時、19歳の時に自分は報道関係には向かないと悟っていたので、今必死で生きている人にカメラを向ける事は出来ないと解っていました。

例えば秋葉原の通り魔殺人事件のような場面に出くわしても、そこにいつも使っているカメラがあったとしても、悲惨な現場は撮らない。

撮らない自信だけはありました。

 

だから余計なんでしょう。

きれい事ばかり撮る事に意味を見出だせなくなったのは。

 

大人だから、仕事だから、撮影しました。

でも、自分の写真ではなかったのです。

その時に撮った写真は、被写体の方々には本当に申し訳なかったのですが、今でも見るのが苦痛です。

 

あれがPTSDなのか、ただ単に自分の気持ちが弱くて影響を受けただけなのか、今でも良く解りません。

 

ですが6年の歳月を経て今では、この瞬間は二度とない。

今しか撮れないんだと自分自身に言い聞かせて撮影しています。

小さい子どもさんの写真などは特に、この子が大人になった時に、いい写真だなぁと思って貰えるように、以前よりも気を配って撮るようにしています。

それしか自分の存在価値がないのだから、必死で撮らなきゃ…と思うのです。

 

 

震災の日が近付いてくると自然とその話しが増え、先日お話しさせて頂いたサラリーマンの方は自分と同じような経験を話してくれました。

震災の後、やっている仕事が人の為になっていると思えなくなって転職したと。

 

いらない仕事などない。

いらないものなら自然に淘汰され無くなっていく。

残っている仕事は、必ずどこかで誰かの役にたっていると、その時に偉そうに話させて頂いた訳なのです。

 

3.11になると毎年気持ちが沈みますが、今生きている人達が動いて経済を回さなければ、被災された方々にも回らない。

動くなら、どうせ動くなら、回りの人に不快感を与えないように、笑って元気にしなくては。

落ち込む時にこそ、写真を撮らなくては。

そう思うのです。

 

 

 

 

因みにポンコツになった自分が『写真ってやっぱり面白い』と思ったキッカケになってくれたのは…

 

 

 

 

 

実家のにゃん子さん達でした。

 

何か…

 

生き物バンザイ…ってオチですみません (笑)

 

f:id:pixt:20170311183903j:plain

 

 

 

f:id:pixt:20170311194913j:plain