フリーランスの休日

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の、ように見えました (笑)

 

 

八月の七夕

 

実は北海道は今日、8月7日が『七夕』なのです。

8月に七夕を祝うのは、北海道と東北の一部と聞いていましたが、調べてみるとそれだけではないようですね。

関東や九州でも、8月に七夕を行う地域があるそうです。

 

『新暦と旧暦で分かれている』

と言う説があります。

なぜ統一しなかったのでしょうね。

お正月もお盆も日本国内で一斉に行われるのに、なぜ七夕だけ旧暦や新暦にこだわったのでしょう。

不思議です。

 

作物の収穫の祝いを兼ねているのだと考えれば、関東と北海道で1ヶ月くらいのズレがあってもおかしくはないのですが。

ただ8月の七夕は北海道、東北だけではないと聞くと、その考えは当てはまらないのかもしれません。

 

 

仙台の七夕について

 

仙台の七夕祭りは8月。

もしですよ、先ほどの仮説の『収穫祝いを兼ねている』のなら、北海道の七夕が8月であっても納得出来るのです。

なんせ北海道は東北からの開拓移住者がかなり多いので、移住前の土地の風習を北海道で広めたと考てもおかしくはないのです。

 

がしかし、ここでも更に問題が。

北海道全域で8月の七夕祭りを行うのなら『収穫の説』もある程度頷けるかと思うのですが、そうでもないのです。

なんと北海道の函館や根室などでは、関東と同じ7月に七夕を祝うとのこと。

 

日本どころか、北海道内でさえ統一されてないって、どゆこと?

 

北海道には、仙台藩から移住をされてきた方々が町を作り『伊達』と名付けられた土地があります。

文献にも仙台藩の名前があるほど出自がハッキリしている土地です。

また広島からの入植者が作った町が『北広島』と名付けられ、札幌の近郊にあったりするのです。

本州からの入植者が名付けた町は、調べればかなり多いようです。

 

 

函館の七夕について

 

では函館はどうでしょう。

本州で函館の名前に由来する土地はあるのでしょうか。

聞いた事はありませんよね。

 

歴史上、戊辰戦争の末期に函館が戦乱に巻き込まれた史実があります。

当時の函館府の管轄だった五稜郭ですが、函館戦争で榎本武揚率いる旧幕府軍に占拠され、本拠地とされてしまいました。

乙部 (函館近郊の乙部町) に上陸した新政府軍の反撃が開始されると、旧幕府軍は形勢不利に。

援軍として函館に渡った新撰組副局長、土方歳三までもが銃弾に倒れ、旧幕府軍の敗北が決定付けられました。

榎本武揚が降伏し、五稜郭は新政府に明け渡されたのです。

 

で、話しを戻しますが、元々函館に住んでいた方々は、色々な土地から集まって来たと思われます。

そこに新政府の人間が入ったとすると、本州の7月の七夕を適用したとしてもおかしくないと思うのです。

かなりごり押しの推測ですが。

 

ではなぜ函館の7月の七夕が北海道全域に広まらなかったのでしょう。

本当に不思議です。

 

 

根室の七夕について

 

こちらは解りません。

全く解りません。

なぜ根室は7月の七夕なのでしょう。

根室の方、教えて下さい (笑)

 

 

つらつら考えた結果

 

文献では奈良時代にすでに伝えられていたという『七夕』

すごいですよね。

奈良時代ですから。

諸説あり、後付けあり、また日本神話もありで、現在の七夕となった七夕祭り。

 

毎年、7月だ8月だと話題になりますが、いつも『うやむや』のまま、過ぎれば忘れ去ってしまう『七夕』。

そして来年も、同じような事で悩むのでしょう (笑)

 

でもまぁ… 

旧暦だ新暦だ土地がどうのと野暮な事で水を注さずに、今日はただ、一年に一度しか会えない恋人達に思いを馳せましょう。 

 

一年も待ったのですから、思いっきり逢瀬を楽しんで貰いたいものです。

 

 

 

 

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